長崎5日目。
とうとう帰る日になりました。
内心、これで暑さから開放されるなんて、ちょっとだけ思ったりしちゃいました。
最終日の午前中に軍艦島上陸ツアーに行くことになってるんです。
これから数回にわけて、軍艦島について、写真と少しだけ語らせていただきます。
ということで、朝9時出航の軍艦島上陸ツアーにいくために、朝7時半くらいにツアー窓口に行ってみると
なんと、本日のツアーは中止との張り紙が貼ってあるじゃないですか。小1時間くらい待つと、ようやく窓口が開いたので、聞いてみたところ外海は波があって上陸できないとのこと。
そんなことであきらめるわけにもいかず、軍艦島の周りをめぐる周遊ツアーを急遽申し込みました。
そのおかげで、上陸はできなかったものの、写真を撮ることはできました。
そもそも軍艦島とはなにかというと、岩礁でできた小さな島だったのですが、石炭が江戸時代後期に発見され、埋め立てを行って人が多く住めるようにして、大規模な炭鉱事業を行ったんです。
この島は途中から、比較的最近まで三菱マテリアルが所有していました。
何しろ、土地が狭いので、効率的に人が住めるように、最新技術を駆使して鉄筋などの高層アパートをいち早く立ててました。
ピーク時は24時間稼動し、3交代で石炭の採掘が行われ、人口密度も世界一となっていたようです。
人々の生活は、店も娯楽施設もあり、給料もよくて、家賃や電気、水道代はほとんどかからないため、比較的裕福だったようです。
長崎市や福岡よりも裕福だったらしいですよ。
もっとも、炭鉱なんで危険もあり、大変な仕事だったと思いますが。
やがて、石炭は石油に代わってしまい、1974年に閉山し、立ち入り禁止となっていたのですが、世界遺産暫定リストに加わり、今年から一部開放されました。
正式名称は、端島で軍艦の姿に似ていることから、軍艦島と呼ばれるようになったようです。
ちょっと語りが長くなったので、さっそく写真を。
これが周遊に使った船です。

出航して40分くらいで、みえてきました。
憧れの軍艦島

下の写真で、左の白い建物は、70号棟で、端島小中学校です。
船からは見えませんが、この建物の手前には運動場もあります。
右の黒い建物は、有名な65号棟で、第二次世界大戦中であるのに建設された鉄筋コンクリートの鉱員社宅です。
10階になってるんですが、最初は7階建てで、あとから増築したんです。
この島最大のアパートで、エレベータも設置予定でしたが、中止となりました。
10階は幼稚園です。

これはたぶん3号棟で、4階建ての職員住居です。

端島神社です。

65号の右の建物は病院。
入院も手術もできるしっかりした病院だったようです。
隣に隔離病棟もあります。

それぞれのアップ写真です。




ということで、その2に続きます。